SOUND OF よござんす   


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MARVIN

MANDOLIN MAN

1992
 音楽評論家のレヴューで頻繁に使用される「○○版サージェント・ペッパーズ」という褒め言葉。あれはいかん。多種多様な音楽性を秘めた集大成的作品なら、とりあえずという感じで使われてしまうのは如何なものか。音楽性というものは幅と奥行きが大切だと思うのだが、何よりも幅広く奥深い音楽を奏でた上で、そんな屁理屈を凌駕してしまったビートルズの音楽に対する熱意があの名作を生んだのだ。「○○版〜」という褒め言葉が、同時にビートルズに対する侮辱に思えてしまうワシはオッサンか?
 まあよい。
 よく似た表現だが「○○版クロージングタイム」という珍しいアルバムがあった。元ローン・ジャスティスのMarvinが作ったファーストソロである。究極まで削ぎ落とされたかのような少ない音数ながら、ひとつひとつの音が表現しがたいほどに深い。アコギが肌をかきむしり、ピアノは鼓膜を破って脳髄に突き刺さる。Marvinは抑えても叫んでも息苦しく唄う。そしてピーター・ケイスのハープがむせび泣く。
「クロージングタイム」は「サージェント・ペッパーズ」の何分の、もしくは何十分の一の音数だろうが、ひとつの音の幅と深さは決して劣ることはないだろう。トム・ウェイツはキャラも強烈だが才能も24時間ぶっ飛びモードの人物である。このMarvinのアルバムを「クロージングタイム」と評した人は鋭いなと思った。グランジ全盛の90年代初頭に「動」の対極に鳴り響いた「静」なる調べである。
  1. How Great Is The Ocean
  2. Clarinet Row
  3. Rosemary Nobody
  4. Climb
  5. Balancing Act
  6. God Be With Us
  7. Can't Cry Hard Enough
  8. Mandolin Man
  9. Master Of Mercy
  10. Wings Of Night
  11. My Ultimate Home
本宮ひろ志

男一匹ガキ大将

1968-1973
 番外編です。
 私、ヒジョーに本が好きでして、絵本から漫画、小説、研究所、エロ本に至るまで様々な本を読破してまいりました。そして、ふと、こういうところで文章を書いていて考えたのですが、私の人生において、これは外せないという1冊は何なのか、と。音楽ならこのコーナーの第1回目を飾ったJOHN LENNONの「ROCK'N ROLL」で決まりなのですが、本となるとピンと思いあたるものがなかったのです。
 確かにヘッセやヘミングウェイ、サリンジャーは私の脳裏に深く刻まれているのですが・・・。好きだったのは冒険活劇物で、ジャック・ヒギンズやデズモンド・バグリイを読み終えたあとなど、感動のあまりいてもたってもいられなくなり、枕にバックドロップした記憶があるほどです。でもあえて1冊というと少し違う・・・。
 で、決めました。
 これです。
「男一匹ガキ大将」
 あなたは万吉一家28人衆の名をすべて言えますか?
 誰が好きですか?
 私はやっぱり綱村鉄次ですね。
 さて、町のやんちゃ坊主、戸川万吉が拳と人間の大きさで全国の番長衆を傘下におさめ、大人社会に噛み付いていくといった話なのですが、後半になると株式の世界で争ったり、石油戦争に身を投じるといった、どえらい展開になります。しかし本宮ひろ志が描く「無茶苦茶」は漫画世界に存在した何よりもの魅力なのである。現実と幻想の狭間で揺れることが多い昨今の日常で、現実も幻想も考える必要がない「無茶苦茶」は、とても微笑ましく愛しい。山崎銀次郎や矢島金太郎も同じ。「無茶苦茶」の中からでしか生まれることがなかった英雄なのである。そしてその「無茶苦茶」さが、私の中ではヘッセやヘミングウェイを凌いだということです。
 どうでもいいことだけど私は二十歳ぐらいまで、この作品の続編が描かれる日を心待ちにしていました。
NATHALIE ARCHANGEL

NATHALIE ARCHANGEL

1987


ジャケ写なし
「しゃ、社長ーっ!」
「うるさいぞ、ハゼドンくん」
「何ですか、私はハゼハゼハゼドンですか?」
「ええい、その鬱陶しい目と、不細工な口はハゼドンそのものじゃ!」
「そんなことより、見つけましたよ、ついに」
「おおっ、見つかったか!」
「これです。我が社の『声フェチ癒しマシーン1号』に搭載すべきロリロリヴォイスはこれしかありません。ナタリー・アークエンジェルです」
「ナタリーちゃんか、ええのう」
「あんた、ホステスじゃないんです。ちゃんはいらんでしょ、ちゃんは」
「しかしハゼドンくん、いけるのかね、それは」
「フフフ、社長も疑り深いですね、だからハゲるんです」
「ハゲは関係ないわ!」
「まあ、聴いてください。ほら、ア〜ハ、ア〜ハと歌ってます」
「おおっ! ええのう。ア〜ハ、ア〜ハ・・・あぅ」
「ハゲは歌わんでええっちゅうねん!」
「で、いくらや?」
「だからクラブじゃないですってば」
「でもワシは日吉ミミもええと思うんだが」
「ナタリーは世界歌謡音楽祭にも出ました。ミュージック・ステーションにも出演しています」
「おおっ、ええのう」
「軽快なサウンドに、わかりやすいメロディ、そしてこの声ですね。声フェチマニアがほおっておけない、甘えん坊声です。これからの癒しに最適な要素は外から包むより内からじんわりです」
「お前、金でももらったんか?」
「ナタリーのロリロリヴォイスで脳味噌がとけそうになります」
「よし、決まりじゃ!ナタリーちゃんでいくぞ、ハゼドンくん」
「わかりました。それでは私は次なるネタを探してきます」
「よし、行け!」
  1. Mr.Perfect For Me
  2. I Can't Reach You
  3. Diamonds In The Rough
  4. Let's Make Love
  5. What I'd Do
  6. Never Be The Same
  7. Pledge My Time
  8. It Was Us
  9. Vie Continue
  10. Never Let Me Down Again
沢田研二

ROYAL STRAIGHT FLASH

1991
 1年に1回、12月31日。
 少年に与えられたリベンジの機会はそれだけであった。そのチャンスを逃せば、また1年という長い月日を苦い思いで過ごすことになる。執念は現在のピーター・アーツやジェロム・レ・バンナの比ではなかったはず。なんせ彼は1度としてリベンジを果たせたことがないのだ。意識の彼方で大晦日を過ごし、重い頭を揺さぶって元旦を迎える。そんな敗北感に打ちのめされながら、ひとつ、またひとつと歳を重ねる。しかし諦めることはない。
 今年こそ、ジュリーを観る!
 紅白の大舞台で熱唱するジュリーを観るまでは、絶対に寝てはいけない。ただの歌番組とは訳が違うのだ。全国民が年越しを前に、高ぶる思いで見つめる紅白歌合戦である。その大舞台にジュリーが出演するのだ。彼にとっての「僕のジュリー」、いや、「僕だけのジュリー」が歌ってくれるのだ。食い入るようにTVを見る。睨む。
 睡魔。
 それは大きな壁であった。就寝時間は9時と決まっている。普段ならパジャマを着て腹巻を胸下までひっぱり上げ、加藤茶の掛け声が耳をつく頃。紅白歌合戦がはじまる時分、すでに睡魔が少年の意識を喰いはじめていた。
 無謀な挑戦。
 少年にはわかっている。だが・・と彼は幼いながらも言い聞かせていた。男にはやらねばならぬときがある。負けるとわかっていても戦わねばならぬときがあるのだ。赤ペンを持つ。ひとり歌い終われば、新聞に印をつける。あと数人。しかし睡魔の攻撃は徐々に激しさを増す。

 遠ざかるジュリー。
 また1年待たなければならないのか・・。遠い意識の向こう側で誰かが叫ぶ。
「ほら、ジュリーやで!」
 夢うつつの脳裏に響くオカンの声。
 わからない。枕を濡らしているのが涙なのかヨダレなのか。勝ったのは赤組か白組か。ジュリーはカッコよかったのか。決まっているジュリーは最高だ。いつでもジュリーはカッコいい。
 チクショウ。
 早くお年玉をくれ!
 そうして少年の崇高なリベンジは毎年同じ結末で1年後につづくのであった。
  1. カサブランカ・ダンディ
  2. ダーリング
  3. サムライ
  4. 憎みきれないろくでなし
  5. 勝手にしやがれ
  6. ヤマトより愛をこめて
  7. 時の過ぎゆくままに
  8. 危険なふたり
  9. 追憶
  10. 許されない愛
  11. あなたに今夜はワインをふりかけ
  12. LOVE(抱きしめたい)
小山卓治

ひまわり

1984
 小学生のことである。授業でひまわりの飼育観察というのを行った。春、手のひらに数個の種が配られ、土に蒔き、水をやる。他人のひまわりと間違わないように、名前を書いた札を横に立てる。芽が出ると成長の様を定規で計り、グラフにする。若葉が生まれ折れ線グラフが2本になる。陽射しが増すにつれ、グラフも激しく右上がりに伸び、やがて夏が来る。夏休みも当番制で欠かさず水をやった。どこかの誰かの声に聞き耳を立てた。誰々のひまわりに花が咲いた、と叫んでいる。当番の日が来るまで待ちきれず、学校まで走って見に行ったりした。花壇一面に咲き乱れるひまわりがあった。そのすべてが降り注がれる陽光に向って力強く伸び上がっていた。

 最悪とまではいかないが、ここぞってとこで決まらない・・小山卓治の言葉はいつも辛辣だ。それがあんたのことか、俺のことか、そんなことはどうだっていい。誰もが自覚しているのは、俺たちは何をやってもパッとしないってことだ。いきがってみても中途半端で終わる。語り始める頃には夢は褪せている。そんなことの繰り返しで今日までやってきた。明日からもそうだ。もうやめよう、と呟いてみるが、他のやり方なんか知らないし、できっこない。だからじゃないが俺たちは簡単にやめない。諦めが悪いんだ。何かにまやかされているわけじゃないし、何かにすがりついてるわけでもない。ただ自分の居場所をハッキリさせ、存在を確かにしたいだけだ。生きるってのは、そういうことだ。最悪であろうがなかろうが、ビルの影からチャンスをうかがっているだけじゃ淋しい。生きているかぎり、陽のあたる場所で光に向って歩きたいもんだ。

 夏の間、揺れ続けた無数のひまわりは、秋にたくさんの種を落とした。手のひらに戻った種のひとつをノートの最後にテープで貼り付けることで、飼育観察は終わった。常に光を求め、光に向っていた、あのひまわりが残した種は、その後どれぐらいの花を咲かせたのだろう。
  1. ひまわり
  2. 煙突のある街
  3. 下から2番目の男
  4. DOWN
  5. 家族
  6. 傷だらけの天使
  7. 土曜の夜の小さな反乱
  8. Paradise Alley
  9. 記念日
ROLLING STONES

DIRTY WORK

1986
 80年代のSTONESについて語る肉じゃがマンと猿ギター

肉「そんなこと言うてもワシら80年代ほとんど寝とったやん」
猿「おのれはソロに必死やった」
肉「まあ、そう言うな。『EMOTIONAL RESQUE』は地味やねんな、ちょっと」
猿「曲がショボイ」
肉「おおっ!『TATTO YOU』は売れたのう。良かったやん、80年代にも代表作があって」
猿「昔の曲の寄せ集めやんけ」
肉「TOURは良かったなぁ」
猿「昔のパターン使いまわしたけどな」
肉「すまん『UNDERCOVER』は調子乗りすぎた」
猿「単発の企画もんみたいやぞ。ライヴで演っても浮いとる」
肉「『DIRTY WORK』はよう知らん」
猿「これはワシが作った。ええアルバムじゃ」
肉「そうか?」
猿「歌っとるのは雇われ歌手の肉じゃがマンくんや、ガハハ」
肉「知らん」
猿「楽しかったなぁ」
肉「そういえばプロモビデオのお前生き生きしとるなぁ」
猿「ワレがおらんでもSTONESは出来るっちゅうことや」
肉「やな感じやな、お前。こんで終わりか、あっ、『STEEL WHEELS』を忘れてた」
猿「とりあえず作りました」
肉「TOURもやった」
猿「とりあえずやりました」
肉「こんなもんか、何か忘れとらんか」
猿「ワシのソロの方がええやんけ」
肉「ワシのソロも良かったぞ。ジェフ・ベックが弾いとる」
猿「フン!」
肉「フン!」

 私がリアルタイムで触れた80年代のストーンズ。それは感動と失望の繰り返しであったが、「DIRTY WORK」のスリリングな音は出来に関係なくSTONESを感じた一瞬であった。
  1. One Hit
  2. Fight
  3. Harlem Shuffle
  4. Hold Back
  5. Too Rude
  6. Winning Ugly
  7. Back To Zero
  8. Dirty Work
  9. Had It With You
  10. Sleep Tonight
V.A.

教科書から消えた唱歌・童謡

2002
 いつの世も「現在」に満足せず、ずっと先の儚い夢を見つめてきたからこそ人間は社会と共に成長してきたのだろう。言いかえれば成長のために「現在」は犠牲になってきた・・のか。過去は清く美化され、未来が希望に満ちあふれるときも、「現在」は失望の的である。世の中を見渡せば加害者や被疑者の配役で常に大忙し。すがるように何かを信じ、早く忘れようと無造作に見切る。何かを失った人間たちが社会を徘徊し、予定調和的な人生を送る。そう、儚い夢を見つめるために。それを幸福と呼ぶのなら、幸せとは醜いものだ。
 私は醜い幸福に浸る人間が嫌いだ。
 開き直ることで気を楽にする大人たち。すでに疲れ果てた子供たち。無意味に満足する男たち。不条理に微笑む女たち。義務を果たさず、主張するだけの若者たち。ただやり過ごす学生たち。彼らは大切なものを守るのに一生懸命で、必要なものを簡単に手放してしまった。求めるものが愛であり、夢であり、そしてそれが幸福と呼ばれるものであったとしても、そこには美がない。
 美に欠けた人間は悲しく映る。いつからそんなに怯えるようになったのだ。暴力をふるわなければならないほど現実は怖いものだろうか。諦めなければならないほど人間らしさは重圧なのだろうか。とりあえず道ぐらい譲っても損はしない。泣いたところで心まで枯れはしない。すり抜けていくからっぽの一日の片隅でいい。美とは何か、美を求める心とは何かを考えてほしい。そこに絵が浮かび、色がつき、音が聞こえ、動き出すようになるまで目を逸らさないでほしい。そうして人間はいつの世も美しい時代を描きながら生きてきたのだ。

 歌心。
 人間が持つもっとも美しい心のひとつである。時代背景や社会背景により歌は移りゆくが、歌心は変わらぬものだ。『教科書から消えた唱歌・童謡』に収められた20の失われつつある名曲を「現在」に生きる我々はどのように歌い継ぐべきか。その曲を歌う真っ白い心に描かれる絵が、世相に流されず、いつまでも美しく光輝いていればいいのだが。
  1. この道
  2. 待ちぼうけ
  3. かなりや
  4. 靴が鳴る
  5. 背くらべ
  6. 十五夜お月さん
  7. 浜千鳥
  8. 月の沙漠
  9. 野菊
  10. 雪の降る街を
  11. めだかの学校
  12. 夏は来ぬ
  13. 村の鍛冶屋
  14. 村祭
  15. 汽車
  16. 桃太郎
  17. 埴生の宿
  18. 赤い靴
  19. てるてる坊主
  20. われは海の子
A.R.B

トラブル中毒

1983
 ロック・ミュージックは若者のものであり、不良の音楽だと片付けた時代の感覚は何だったのか。今にして思えば結構笑える。当時と今では「不良」の定義も異なり、一概には言えないが、大人が若者を認めたくなかった、要するに封建社会が新しい波を受け入れようとしなかったということではなかろうか。「不良」という決め付けが必要だったとは思わないが、その言葉が魅力的に響いたのは否定されていたからこそであろう。
 そう考えるとBECKやマシュー・スウィートのようなダルダル君たちも立派な不良である。非行の匂いはしないがヤバさは同等、社会的に見れば優良人間でないことは明白だ。ただ決定的に違うのは音楽が優れていても、その手の不良の精神には魅力が感じられないということ。簡単に言うと、スポットを浴びていてもカッコ良くないんだよ、誰も真似しねえじゃん、である。
 石橋凌は「ARB」というブランドにこだわる。そのカッコ良さに対する姿勢だけは頑として譲らず、最後まで生き抜いたバンドだという自負からだろう。理屈では語れない正真正銘のカッコ良さ。不良であるとか、反体制がどうとか、ということではない。立ち上がりガムシャラに闘ってはボロボロに泣く。骨の髄まで曝け出しては赤裸々に愛する。意味の有無を問題とせず、とにかく自分らしさを貫き通す。ただ単純に。それだけ。しかし普通の人間にはなかなかできない。馬鹿馬鹿しいと感じるあなたは真っ当な人間だろう。そして真っ当な人間には到底歩めない道を走りつづけた、この男たちにこそ「不良」というレッテルを貼りたい。日本でもっともカッコ良かったバンドの咆哮。そして最後の本物の匂いである。
  1. Do It ! Boy
  2. Give Me A Chance
  3. ボート・ピープル
  4. Black Is No.1
  5. ピエロ
  6. War Is Over !
  7. モンロー日記
  8. ギターを持った少年
  9. トラブルド・キッズ
  10. ファクトリー
SIMON & GARFUNKEL

BOOKENDS

1968
 壁に飾られた美しい絵 - あのときと同じように二人の目にはとまらない。
「今すぐここを出よう」窓の外を見やりながら彼は考えた。
「もうここにはいたくない」理由もなく彼女は感じた。

  恋人になろうよ、二人の財産をひとつにまとめよう
  僕らは煙草を一箱とミセス・ワグナーの店のパイを買い
  アメリカを探しに旅立った

「明日は素敵なはず」夢に取りつかれたように彼は思う。
「夢は幻のように眩い」的確に刻まれる時の流れの中で彼女は思う。

  煙草を取ってくれ
  レインコートに一本残っているはずだ
  最後の一本は一時間も前に吸っちゃったわ
  僕は仕方なく景色を眺め、彼女は雑誌を読んだ
  広い野原の上に月が昇っていた


「信じることが怖い。だが信じずにはいられない」彼は本当のことを知っていた。
「信じることは簡単。裏切るよりも遥かに・・」本当のことさえ知りたくない彼女がそこにいた。

  どうしたらいいんだろう
  彼女が眠っているのを知りつつ僕は言った
  虚しくて苦しくてたまらない
  それがなぜだかわからないんだ

「ただそこへ向うだけのこと」固いベッドの中で彼はもうひとりの自分の声を聞いた。
「ただそこへ戻るだけのこと」遠い夜の果てに彼女はひとり呟いた。
 壁に飾られた美しい絵 - 古き良き時代の故郷が描かれている。

  みんなアメリカを探しにやってきたんだ
  1. ブックエンドのテーマ
  2. わが子の命を救いたまえ
  3. アメリカ
  4. オーバース
  5. 老人の会話
  6. 旧友
  7. ブックエンドのテーマ
  8. フェイキン・イット
  9. パンキーのジレンマ
  10. ミセス・ロビンソン
  11. 冬の散歩道
  12. 動物園にて
浜田省吾

ON THE ROAD 2001より
LAST DANCE for you

2002
 初めて浜田省吾を観たのは1984年の春だ。
 STEVIE WONDERの名曲と同じ「A PLACE IN THE SUN」と題された、そのステージは横浜スタジアムで行われた。4月といえど陽が落ちると寒風が吹きつけ、身を屈めながら私は歴史的イベントに参加していた。正面スタンド最後列。あの日、浜田省吾から最も遠く離れた位置で観ていた観客が私である。私は会場全体を視界に収め、派手な演出効果の元に成り立った一大ROCK SHOWを見つめていた。レーザー光線に彩られた空に浮かぶ大波「OCEAN BEAUTY」。スタジアムを宇宙空間に変えた「僕と彼女と週末に」。瞬時に足元に積もったアンコールの膨大な紙吹雪。「自分を大切に」というメッセージと共に「ON THE ROAD」は夜空に吸い込まれた。だけど浜省が守ろうとしていたもの、貫こうとしていたものは何だったのだろう。遠くから見ていた私には浜田省吾がぼやけて見えた。遠かった。あの日、浜省はジーパンを穿いていなかった。

 最後に浜田省吾を観たのは1988年の夏だ。
 やはり「A PLACE IN THE SUN」と題された、そのステージは浜名湖畔の渚園で行われた。視界の果てまでつづく緑の芝生と青い空。ときおり聞こえる風の音と波のきらめき。歴史の証人として全国から集まった数万人の観客は誰もが笑っているように見えた。弾けるように始まった「路地裏の少年」。やはり私は浜省から最も遠く離れた位置にいた。芝生に寝転がり、焼きそばを食べながら、子供のようにはしゃぐ浜省を見つめていた。飛行船が空を飛び、やがて美しい夕焼けがその空を包んだかと思えば、薄暮にひとつふたつと星が輝きはじめる。そしてそこに音楽があった。馴れ親しんだ曲が拍手と歓声に包まれて流れていた。私の目に映る浜田省吾は豆粒のように小さかったが、浜田省吾はすぐそばにいた。
 横浜から4年後、私は答えを得たような気がした。
 もう一度踊っておくれ、このままで・・最終曲「ラストダンス」は心に染みた。
 あれから14年も経ってしまった。

 ON THE ROAD 2001、浜田省吾はアリーナにセンターステージをつくり、懐かしい名曲の数々を披露した。シンプルな演奏と飾り気のない歌。特別なものがなくても、特別な思い出は生まれる。次の「A PLACE IN THE SUN」はいつ訪れるのだろう。久しぶりに太陽のあたる場所を目指して、深夜特急に揺られてみたいものだ。
  1. 路地裏の少年
  2. 終りなき疾走
  3. Walking In The Rain
  4. 朝からごきげん
  5. 悲しみは雪のように
  6. あばずれセブンティーン
  7. 演奏旅行
  8. 土曜の夜と日曜の朝
  9. モダンガール
  10. ON THE ROAD
  11. Midnight Blue Train
  12. ラストダンス
LORI CARSON

SHELTER

1990
「しゃ、社長ーっ! ただいま戻りました!」
「な、なんじゃ、この汚いのは、つまみ出せ!」
「社長、私です! お忘れになったのですか! ほらっ」
「おおっ! これはワシが作った日吉ミミ私設ファンクラブ会員証! しかも会員番号2番・・ということは」
「エヘン。あー、君、お茶」
「テポドンくん!」
「ハゼドンや! あんたが名付けたんや!」
「あー、すまん、すまん。しかし前フリは疲れるのう。手短にしてくれんか、ハゼドンくん」
「実はですね、社長・・」
「だから今年の慰安旅行は中止だと言っとるじゃないか」
「いえ、そうじゃなくて・・」
「忘年会はまだ早いぞ。ちなみに当然会費は取るわな」
「ペシッ!」
「し、しばいたな、このワシの頭を、き、貴様・・」
「社長、これが『声フェチ癒しマシーン1号』の新ソフト、ロリ・カーソンです」
「ロ、ロリ? 今回は名前からして卑猥やのう。そんなことよりワシの頭を・・」
「どうです、社長、この儚げな声。ため息、吐息、ささやき、つぶやき、無数のロリロリヴォイスがこれ1枚でドン!」
「やったやないか、ハゼドンくん!」
「しかもこのアルバムは名曲揃いです。健全な音楽通が聴いても納得するでしょう」
「ワシは不健全やと言っとるように聞こえるが?」
「デュエットはオールマン・ブラザースの・・」
「お、おまーん!」
「ペシッ!」
「うぉっ! おのれ一度ならず二度までも、社長のこのワシを!」
「グレッグ・オールマンです。後に彼女はゴールデン・パロミノスに参加しました」
「なんじゃ次はゴールデン・カップスか?」
「なんか社長、馬鹿馬鹿しくなってきましたね」
「暑いしのう」
「ハゲるのも無理ないですね」
「行くか? ハゼドンくん」
「ワリカンでいいですよ、社長」
  1. Shelter
  2. Pretty Girls
  3. Every Heartbeat
  4. The Last Time
  5. Day After
  6. Love And Pain
  7. Stand On Your Own
  8. Pearl In His Pocket
  9. Way Of The Past
  10. Which Way Be Broadway
  11. Imagine Love
  12. Junk
斉藤和義

素敵な匂いの世界

1994
 人間の顔とは不思議なものだ。文字通り千差万別であることに違いはないが、それでいて見分けがつかなかったりする。私はいまだにTLCとDestiny's Childの見分けがつかんし、どちらが美人かと問われても答えられない。
 顔ひとつで損をしたり得をしたり。これまた理不尽な話である。悪人面をした善人はどこかで迷惑を被っただろうし、性格ブスな美人がほくそえむことも多々あったはず。そしてその逆もまたしかり。
 斉藤和義という男。
 私にとっては印象に残る顔であった。初めて彼の顔を見たとき、失礼ながら笑ってしまった。人間が顔に滲みでている。そこまで出していいのかというぐらい表情が丸裸で歩いている。

 男はシャイである。
 酒に酔いトロンとした目でも口を尖らせ愚痴ってしまう。不満はない。怒りもない。信じてしまうから、つい不安になる。言葉にならない愚痴っぽい表情がシャイだ。
 男はスケベである。
 鼻の下の長さをスケベのバロメーターと考えるのはナンセンスである。男を見よ。斉藤和義の目はすべてを覗き込んでいる。透視するかのように一点集中で焦点を合わし、ねっとり舐め回して見る。実に摩訶不思議な視線だ。
 しかし男は悪い奴ではない。
 器用には見えない。どちらかと言えば正直者で、繰り返し馬鹿を見てきたような顔である。親しみを込めて笑いのネタに使われることはあるが、決して陰口を叩かれることはない。こんなところでどこぞの男に書かれていても絶対に怒らない。
 人間の顔とは不思議なものだ。私は会ったことも見たこともない男の顔を思うだけで楽しくなる。嬉しくなる。悪意はないが、そのことを誰かに伝えたくてしかたない。
 斉藤和義・・君の顔が好きだ。
  1. 一人よがり
  2. 彼女
  3. 幻の夢
  4. 何もないテーブルに
  5. 君の顔が好きだ
  6. エステに行こう
  7. 神様お願い!
  8. 僕は他人
  9. 素敵な匂いの世界
  10. ある日の出来事
BRUCE SPRINGSTEEN

GREETINGS FROM ASBURY PARK N.J.

1973
 10数年ぶりにレコードプレーヤーの電源を入れた。ターンテーブルの回転速度とはこんなにも遅かっただろうかと首をかしげながらも、次はレコード棚とにらめっこである。その一角は時間が止まっている。80年代後半から先がない。恐ろしいことに私自身も年齢は10代のままである。そこに居座っている奴に名前をつけるとするならば、やはり「青春」ということになる。
 その青春の大部分を占めたのはアメリカン・ロックである。ジーンズとTシャツ、弾ける汗と握りしめた拳。BRUCE SPRINGSTEEN、JOHN COUGAR、TOM PETTY、BRYAN ADAMS(これはカナダだが)から、SOUTHSIDE JOHNNY、JOHN CAFFERTY & THE BEVER BROWN BANDに至るまで、暑苦しさ満点のラインナップが塩化ビニールの溝から、私に向って青春謳歌を叫びつづけたのである。

 バックスクリーンに映し出された星条旗と激しいドラムの鼓動。椅子の上で絶叫する観客と制止する警備員の怒号。けたたましい歌声。あれほどまでに興奮した人間の集団は後にも先にも見たことがない。その中で繰り広げられた3時間半のロックンロール・ショー。偽者すらろくに見たこともないのに本物を見てしまったという衝撃が脱力感だけを残した。「デトロイトメドレー」が鳴り止んだとき、私は瀕死の状態だった。とにもかくにもBRUCE SPRINGSTEENの初来日公演は15歳の私にとって紛れもない事件であった。

 私の中のBRUCE SPRINGSTEENは米国の良心でもロックンロールの未来でもなかった。英雄でもボスでもない。ストリートの片隅でギラギラと目を輝かせたチンピラ・・裏通りで怒りと悲しみを抱え、衝動的にテレキャスターを掻き毟る若者。敗北と痛みを恐れずに突き進む愚か者。仲間とともにメインストリートを闊歩し、正面から社会に向き合う正直者。そして2000万人の人々に祖国の光と影を伝えたあと、たったひとつの愛のもとへ戻ってゆく人間らしい人間。美しい心の持ち主。これが私のBRUCE SPRINGSTEEN像であり、愛した理由である。

 レコード棚からBRUCE SPRINGSTEENのアルバムを取り出して順番に聴いている。塩化ビニールの溝にはまだまだ学ぶべきことがたくさんある。10数年前には聞こえなかった音が耳に留まり、新たな発見があるかもしれない。まだまだ青春真っ盛りの30代である。
  1. Blinded By The Light
  2. Growin' Up
  3. Mary Queen Of Arkansas
  4. Does This Bus Stop At 82nd Street?
  5. Lost In The Flood
  6. Angel
  7. For You
  8. Spirit In The Night
  9. It's Hard To Be A Saint In The City
MOTT THE HOOPLE

HOOPLE

1974
 長い話を始めます。
 ラーメンについて。興味ない方、寝てください。
 この世でもっとも愛されているメニューはラーメンではなかろうか。老若男女を問わず誰もが一度は食し、やれスープがどうだ、麺がどうだ、語り始めればとどまる事なく、真夜中だと言うのに車を飛ばして名店の列に並ぶ。情報誌では絶え間なく特集が組まれ、たった一品のメニューで2時間の番組さえ製作されてしまう。たかがラーメン、されどラーメン。究極のグルメと言っても過言ではない。

 近所は言わずと知れたラーメン激戦区。噂を聞きつけたこだわり人が、一杯の至福を求めて夜な夜な現れる。期待を目の前にすれば当然かもしれないが、彼らは元気だ。やる気まんまんである。かくいう私もかつてはラーメン徘徊人。友人と車に乗り合わせ、ラーメン屋全制覇を目論んだ男である。譲れない部分が多々あり、衝突は避けられそうにない。しかし今回だけは少し考えを変えてみよう、美味い不味いではなく、愛について。ラーメンに向けられた穏やかな情愛について。
 
 それは衝撃的でさえあった。初めて入った店。ひっそり静まり返った通りに光る黄色いテントと赤いちょうちん。客はゼロ。親父は無言でラーメンを作っていた。最初の一口で私のドタマは割れそうになった。
 ???
 美味いとか不味いとか、好きとか嫌いではない。スープが麺がチャーシューがネギがといった問題でもない。どこそこの店と比べてどうということでもない。じゃあ何だ? 分からん。ひとつだけ、こっそりと言わせてもらうなら、これはラーメンではないんじゃないか、である。
 ラーメンとは何なのか?
 完璧に答えるには私はまだ未熟である。正面から向き合うだけの若さもない。しかし深まる謎に反比例してスープの底は浅くなる。親父は無言でTVを観ている。おやっさんよ、こんなラーメン誰もウマイとは言ってくれんぞ、これはラーメンの姿をした、ラーメンのような食いもんだよ。まるで・・
 !!!
 即座に私は思い出す。これはラーメンだ。私は過去にもこれに似たラーメンを食べたことがある。懐かしさが込み上げる。どんぶりに一滴の涙が落ちたと思ったら、額の汗だった。
 幼い頃、近所のスーパーには飲食コーナーがあった。今でいうファーストフード風の店が数件並び、買い物を終えたファミリーがソフトクリームや焼きそばを食べるのだ。メニューにはラーメンもあった。ラーメン屋のラーメンとは似ても似つかぬ味の枯れたラーメン。調味料だけで味付けたかのような簡素なスープ。ゴムとマロニーを合わせたような微妙な歯ごたえを残す麺。おやっさん、あれだよ、このラーメンはあの古き良き時代の生活感漂うチープなラーメンの味だ。美味くはないけど、おやっさん、感動もんだ。
 何か特別な発見をしたようで嬉しかった。
 そうして私のお気に入り店がひとつ増えたのである。

 その店に行列ができることはないだろう。不景気の最中、存続すら危ういかも知れぬ。ラーメン屋の看板を掲げていながら、勝負する意思なさげな親父のラーメン。マニアが語ることもありえない。味を求められることもないかもしれない。だがそのラーメンには哀愁がある。最強カテゴリーの中にいることはいるがトップに立つことはない。木村健吾やロベルト・モレノやリアルバースデーやイアン・ハンターのように。しかし私は彼らが漂わせる哀愁を無視して素通りするような人間ではない。何物にも劣らぬ情愛をもって彼らとおやっさんのラーメンを愛することができる。
  1. Golden Age Of Rock & Roll
  2. Mrionette
  3. Alice
  4. Crash Street Kids
  5. Born Late '58
  6. Trudi's Song
  7. Pearl 'N' Roy
  8. Through The Looking Glass
  9. Roll Away The Stone
中島みゆき

愛していると云ってくれ

1978
 この世に存在する最高の化粧品は「嘘」と「涙」と「ため息」である。仮面は欺くためのものではない。覆い隠すものでも、飾るものでもない。美を目の前にひけらかす手段のひとつである。
 あるとき女は疲れたようにうそぶき、男のあるいは女の心をかき乱す。イイ女の嘘は主張であり、メッセージであり、罠だ。溺れ、酔いしれるのは女が美しいからではない。美しい女のつく嘘がより美しいからだ。
 涙を武器にした女は悲しい。どれだけの涙を流しても泣けないのに、それを道標にする。本当に悲しい女は涙など流さなくても泣いて自分を知る。どこにもいない、どこにも行けない不確かな自分を知る。枯れた涙の跡だけを道標にして、後戻りするようにふらふらと歩き出す。
 美しい女は嘘と涙のあとのため息を、戯言と怒りの間を鳥のように飛ばしてみせる。何かを知っているわけでも、必要としているわけでもない。無表情に流れる時間の中、無機質な空気に包まれ、女として歳を重ねる。まるで他人が落としたかのようなため息を拾い、笑って見せる女は切ないほどに美しい。
 本当のことを証明するのに「嘘」や「涙」や「ため息」は必要ない。本当のことがないからといって、それらを持ち出して仮面を被らなくてもいい。大切なのは化粧の内側に潜む女という名の情念だ。その情念を美しくひけらかすために、嘘をつき、涙を流し、ため息を落とすべきである。それを出来る女が美人と呼ばれる。
  1. 元気ですか
  2. 玲子
  3. わかれうた
  4. 海鳴り
  5. 化粧
  6. ミルク32
  7. あほう鳥
  8. おまえの家
  9. 世情